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和歌山地方裁判所新宮支部 昭和49年(ワ)35号 判決

原告

松浦旭

被告

東京海上火災保険株式会社

右代表者

塙善多

右訴訟代理人

田中登

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

第一本案前の抗弁成否の判断

被告は、原告が赤根清一から譲受けたと主張している本件訴訟物たる保険金請求債権の譲渡は弁護士法七三条に違反し無効であつて、原告に当事者適格がないから訴の却下を求める旨主張している。しかしながら、給付の訴における当事者適格は自己が給付請求権を有する旨主張する者が原告適格を有し、その義務ありと主張される者が被告適格を有するのであつて、たとえ原告主張の本訴債権譲渡が被告主張のように弁護士法七三条に違反して無効であるとしても、原告が右債権を譲受たものとして本訴保険金支払請求権ないしその管理処分権を有する旨主張する以上原告適格に欠けるところはないものといわねばならない。けだし、訴えるべき私法上の権利を留保して訴訟のための訴訟法上の権利(訴訟実施権)のみの譲渡を受けた旨主張して訴を提起する場合にはいわゆる任意的訴訟担当として原則的に当事者適格を有しないものであるが、他人の私法上の権利を譲受けた者が訴訟を追行することは特別の事情のない限り一般に現行法上許容されているからである。したがつて被告主張の弁護士法七三条違反による債権譲渡の無効の主張は請求の当否に関する本案の問題であり、本案前の訴訟要件欠缺の問題ではないから、被告主張の本案前の抗弁は主張自体失当として採用できない。

第二本案の検討

一当事者間に争いのない事実〈略〉

二示談契約の効力、示談金支払の有無等の検討

〈証拠〉を総合すると次の各事実が認められる。

(一)  原告は、明治四一年三月一五日三重県南牟婁郡御浜町阿田和で出生し、小学校卒業後家業の農業に従事していたが、その後各地に移住して戦後帰郷し、和歌山県東牟婁郡熊野川町所在の炭坑で働き、同山廃坑と共に菓子等の卸売行商を始めた。

(二)  昭和四五年頃原告は、小型四輪自動車を運転中追突事故に遭いこのため鞭打症になつて菓子商を廃業するに至つた。この際、加害者はひき逃げでその氏名も不詳であつたため交通事故の示談方法などを研究して苦心のすえ、独力で政府保障により金三四〇万円の損害賠償を得た。

(三)  本件交通事故の被害者亡森本敬二の実兄である森本統一は、敬二の遺族の父森本哺、実姉片岡スミ子を代表して、加害者赤根清一と示談交渉したところ、赤根側は赤根車が先行対向車が自車進行車線に侵入してきたので道路左端のガードレール一杯のところに停車し避譲していたところへ、対向してきた森本車が右先行車を追越すため対向車線上に侵入してきて前記赤根車に正面衝突したもので、赤根側に責任はない旨主張し、却つて、森本敬二の生命保険金が交付されたら、森本側が赤根側に金五〇万円の自動車修理費等を支払うことで示談解決をし、その後この支払を了した。

(四)  昭和四五年一一月一日死亡した前記敬二、英子、久子ら三名の遺族を代表して森本統一が父の森本哺名義で被告に対し赤根車の加入する本件自賠責保険につき被害者請求をしたところ、昭和四六年七月三〇日被告は森本哺に対し保険金請求には応じられない旨の回答をした。

(五)  その後右統一の姉で大阪在住の片岡スミ子が夫片岡成夫にやはり自賠責保険の被害者請求をして貰つたが保険金は支払われなかつた。

(六)  森本統一はこのようなことから保険金請求を半ば諦めていたがなお諦めきれずにいる頃、被害者亡森本英子の実母である森本雪子が経営している食堂「ちぎ」で偶々原告に出会い原告に対し右雪子と共に本件事故と保険金請求の顛末を話したところ、原告は保険金をとる方法があるので自分がやつてみようと言い出したので、森本統一、雪子はそれぞれの保険金請求を原告に依頼した。原告はまず昭和四七年八月七日被害者の遺族として、森本哺、よし(森本敬二の父母)、好二、雪子(森本英子の父母)ら四名を申立人とし、赤根清一を相手方として、熊野簡易裁判所へ損害賠償請求調停事件(昭和四七年(ノ)第二九号)の調停を申立てたが、同月二四日右調停は同日一回限りで取下げた。その際原告は赤根清一に対し保険金が取れるように協力して貰いたい旨申入れ、同人はその協力を約し即日示談書(甲第三号証)を作成し、署名押印したが、その示談内容欄に赤根が森本哺に九四五万円を支払い円満解決したと記載されているのは虚偽であつて、このときはもとより赤根には金員の用意もなく、支払能力も、その意思もなかつたものであつて、それは原告が支払資金を後刻貸してくれるとのことであり、その分については原告が保険金請求に成功した暁にそこから受取つて貰う約束をした。もとより赤根清一は保険金が出ない場合には示談金を支払う意思はなく、また原告松浦との貸借といつても保険金請求手続上の形式を整えるに過ぎないものと考えていたから借用証その他の書類は作成しなかつた。〈中略〉

(九)  前記のとおり示談金の支払やその金員の貸借などにはすべて現金の授受をせず書類の形式を整えたものに過ぎないが、原告自身は現金の授受があつたと供述しながらも、それは同一日時に行なわれた単なる見せ金に過ぎなかつたことを認めている。〈中略〉

したがつて、原告主張の右示談契約は通謀虚偽表示により無効である。そして、自動損害賠償保障法一五条は被保険者が被害者に賠償せずに保険金を着服費消して終うことを防止し、もつて被害者を保護する目的で制定されたものであるから、同条の被害者に対する損害賠償額について「自己が支払をした」限度とは、現実に被保険者が損害賠償金を自己の出捐によつて支払を了したことを指称するものといわねばならないのであつて、本件のように示談金の支払を仮装した場合はもちろんのことたとえ原告本人自身が供述するように見せ金の授受により保険金支払の形式を整えたとしても実質的な示談金の支払がなされない限り同条の「自己が支払をした」ものとはいえない。

第三結論

以上のとおりであるから、その余の判断をするまでもなく原告の本訴請求はその理由がないことが明らかであるから、失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(吉川義春)

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